本田宗一郎 ホンダ 本まとめ

書評

『本田宗一郎生誕100周年記念出版 本田宗一郎本伝 飛行機よりも速いクルマを作りたかった男』毛利 甚八(作)、ひきの 真二 (画)

出版社: 小学館

(2006/11/11) ASIN: 4093660522

目次

手の出生
アーさんのピストンリング
焼け跡のバタバタ
ドリーム号の夢
スーパーカブ、町にあふれる
藤沢武夫、アメリカへ飛ぶ
中村良夫、メキシコに勝つ
オヤジの空冷エンジン
息子たちの時代
写真でたどる本田宗一郎の軌跡1991→1919
三代目社長、本田宗一郎を語る 久米是志

『 本田宗一郎生誕百周年に当たる2006年、あらためてホンダという企業体を見ると、
その大きさに驚きを禁じえない。ホンダは国内外に454社の関係会社を持つ大グループを形成し、
2005年度の二輪の販売台数は全世界で約一千万台、同じく四輪車の販売台数は約三百四十万台であ
る。総売上げ高は、約9兆9千億円。従業員約十四万五千人。
総売り上げも従業員数も、本田宗一郎氏が亡くなった当時の二倍を越えている。』

『若い我々にとって
本田さんはおもしろい、
スケベなおやじという感じだった』

『行儀見習いはおかまいなし。
ただ仕事に没頭する弟子を
可愛がりました

・・そして、ある程度仕事がわかってくると、全部修理をまかせてくれるのですが、
最後に様子を見て結果が悪いとガツンとくる。エンジンを回して、じっと音を聞くだけで
都合の悪いところがわかるんです。』

★定価1,600円の割りには、非常に分厚い本です。
でも、あっいう間に読めます。

それは、・・・。

漫画だからです(笑)。初めて、漫画を紹介しました。

本田宗一郎の一生を紹介した本です。
時々の、生き証人がコメントをしています。

こういう本は、一企業に1冊、一家に1冊あっていいと思います。
それに、井深大氏は、もちろん、名経営者のシリーズ化をして欲しいですね。
やっぱり、漫画だったら読めるという、人々にこそ、手にとって欲しいです。

本日は、この辺で。

 

 

 

編集後記

先週の土曜日、

アメーバ経営のゼミナールが無事終了しました。

最後には、京セラ恒例の『コンパ』が開催され、皆で鍋をつつき、

酒を酌み交わしながらの、経営談義です。

「本当に、びっくりしました」

講師の方からは、「『コンパ』もカリキュラムの一環です。」

と言われていましたが、

お酒を飲まない私は、半信半疑で嫌々参加する気分でした。

でも、

経営に悩む真剣な参加者の姿に感動し、講義以上に勉強になりました

これを、全社レベルでやっているパワーは・・・。

 

 

 

井深大著「わが友本田宗一郎」ワック株式会社

4898310753

目次
第1部 わが友 本田宗一郎(「ネアカの大将」と出会って四十年
できっこないから、やってやろう
ものをつくってこそ実業
こわいのは失敗ではなく、何もしないこと ほか)
第2部 本田さんと語り合う(ホンダとソニーが飛躍できた理由
本田哲学の原点を明かそう
民生品生産が日本の技術を発展させた
オレたちは行革の骨抜きに怒っている)

◆性格正反対の二人がつきあって四十年

「私と本田さんは仕事の面でもいろいろなつながりがあったように思っている人もいるようです。
しかし、仕事のことで直接相談したり、いっしょに仕事をしたということは、
40年間のおつきあいのなかで一度もありませんでした。まして、困ったからあいつに
助けてもらおう、などということはまったくありません。・・・・」

◆本田さんと結んだ”パブリックサービス協定”

「本田さんとお目にかかる数少ないチャンスのひとつに、お互いが共通してかかわっている
”仕事”の場がありました。”仕事”といっても、本業から離れた、いわゆるパブリックサービスです。
本田さんと私は、早いころから、世の中のパブリックサービスのような仕事に関しては、
お互いに頼まれたことはけっして断らない、という”協定”を結んでいたのです。」

◆本田さんも私の”素人”だった

◆ふたりとも「経営者」ならざる経営者だった

「ふたりとも経営者としては失格だったのですが、ご存知のように、それぞれ藤澤武夫、盛田昭夫
といういい相手がいたからこそ、ここまでやってこられたわけです。」

◆ものをつくってこそ実業

「ものをつくらずに金儲けをして会社といえるか」

「ものをつくる喜び、紙切れを売買するばかばかしさ」

「僕は、たとえロビンソン・クルーソーの孤島に流されても生き抜いていくつもりだし、

瓦の上にまかれても、芽を出し花を咲かせる自信がある。」

◆こわいのは失敗ではなく、何もしないこと

「大体ぼくの人生は、いわゆる見たり、聞いたり、試したりで、それを総合して、

こうあるべきだということで進んできた。もしわからないようなことがあって、そのために本を読むんだったら、

そのヒマに人に聞くことにしている。5百ページの本を読んでも、必要なのは1ページぐらいだ。

それを探し出す非効率なことはしない。」

「こわいのは失敗することではなく、失敗を恐れて何もしないことだ」

◆ひらめきで需要をつくるのがメーカーだ

(井深)
「全体として眺めるということが非常に重要になってくるから、手っ取り早く言うと、

左脳の世の中じゃなしに、右脳の世の中になってくると思うんですがね。

そのためには、教育をまるで変えなきゃだめであると。

だから、さっきから直観力、直観力って言っているけど、私なんかもそうなんだけど、

それで気づいたものは正当に評価されなかったんだけどね、

だんだんそうでなくなってくるじゃないかと思うんですよね。」
(本田)

「そうね、僕らも随分仕事をやってね、直観力で、あっ、こうやったほうが早いとか、

いろいろあるんです。やると、その通りになっちゃうね。その時は正当に考えたんじゃないですものね、

直観力でやっているうちに、それ自体が本当に正当化してどんどん動いているね。」

「直観のひらめきが常識を覆した」

◆簡単に満たされると好奇心もしぼんでしまう

(井深)
「人間というのは、大人でも子どもでも、自分が見たい、知りたいと思ったことが、簡単に手に入ってしまうと、

それ以上、興味を持たなくなりがちです。なかなか手にはいらないからこそ、興味もますますつのってきて、

実際に手にはいったときでも、もっと一生懸命やろうとするのです。

教育の原点はここにあるような気がしますが、・・・」

(井深)
「なにをこしらえて売ってやろうというじゃなく、なにを世の中が必要としているか、

それにのっかればいいことであり、一番強い商売だね。」

◆尊重すべきは仕事が道楽というやつ

「そういう意味において、おれは遊ぶときが一番効率がいいな(笑)。こりゃ、能率よく遊ぶよ。」

「だからぼくに言わせると、そういうときにも我慢してきた・・・・自分の意思に反することでも

我慢し通した経験があるから、いま経営のことでも、いろんな我慢をしなけりゃならん・・・・

だけどそのときのこと思えば、何でもないね。」

「だから『苦労は、買ってでもしろ』っていうようなことね、古い知れんけど。それを、もし、

のうのう座ってきてたんなら、経営だって、最初のうちに、投げるときがあったろう。

いいことばっかりはないんだからね。」

◆実行して、失敗して、体で受けとめる

「僕はそんな器用なことができんから、一年間何もせず尺八吹いたり、遊んだりしていた。

その間、色々考えてから、世間を方々見て歩いた。だから、一年間はとにかく手を出さないで休んでいた。

あれはよかったですね。とにかく分からん時、霧が一ぱいの時には、もがいちゃいかんね。

じっとしていれば、いつか晴れてきて進む方向ができてくる。」

★これは、本田さんが亡くなった後、親友であった、井深氏が本田氏の功績を称えるために書かれました。
行間から、井深氏と本田氏の、信頼関係というか、お互いへの尊敬の念が、にじみでています。

また、道徳観、仕事観、人生観、そして、教育論。もちろんビジネスのお話など、
思わずニンマリしながら、楽しい話が盛りだくさんです。

やっぱり、一度きりの人生、楽しいこと・やりたいことを全力でやりたいなぁと、
勇気づけられ、
また、失敗を恐れるなと、励まされる1冊です。

壁にぶつかったとき、迷いがあるとき、ぜひ、お薦めの1冊です。

本日は、この辺で。

 

こちらも、本田宗一郎さんの本です。

本田宗一郎 ホンダ 本まとめ

 

井深さんの本はこちら

ソニー 井深大 本 まとめ

 

岩倉 信弥 (著) 『本田宗一郎に一番叱られた男の本田語録―人生に「自分の哲学を持つ人」になれ!』

出版社: 三笠書房 (2006/06)ASIN: 4837921957

目次
1章 仕事には「哲学」が必要だ―原理原則の貫き方を覚える
2章 「見ていて飽きないもの」をつくれ―「人間好き」がいい仕事をする
3章 本当にそういうことをしたいと思っているのか―考えて考えて、考え抜く
4章 自分が感動できないものは、人を感動させられない―「夢と目標と志」は高く、大きく!
5章 一歩先でなく半歩先―大事なのは、先見、先取、先進!

◆「君は自分がデザインしたクルマが  出来上がる工程をすっと見ていたんだろう?」

『それまでの私は、自分の仕事は「粘土でモデルをつくるまで」だと思っていた。
実際に私の上には上司がいて、室長がいる。さらに工場の責任者がいて、役員もいる。
三十歳にもならない平社員は、モデルをつくる段階までのことをきちんとやっていれば
いい─そう思っていたのである。
本田さんは、そんなサラリーマン根性を根底から相手にしなかった。会社で働いている
者は、全員が商品に責任を持っている。役員も平社員もない。責任があるから、クルマなら
モデルが完成車になる段階まで、自分の目で確かめなければならない。・・・』

『世の中には形は三つしかないんだ。
丸と三角と四角だよ』

『メッキは光ってなきゃいかん。
高いお金を払っているお客さんは
メッキの「ピカピカ」を期待しているんだ!』

◆万一のさらに万一まで考える

『クルマは人の命を預かっている。君たちは人の命を預かっているのだと思って仕事をしてくれ。
デザインより安全が優先だ』

『もし、子どもの目でも突いたらどうするんだ』

◆「(朝一番で顔を合わせて)何か考えてきたか?」

『どうしてあれだけ考えられるのか、やはりアイデアを練るのが本当に楽しいのだろうか。
本田さんはどこで考えているだろうか。本田さんの家での生活が気になった。
そこで一度、私と同年輩だった本田さんの息子さんに、「本田さんは家でどうしている
のよ」と聞いたことがある。すると、こう教えてくれた。
「寝るとき、いつも枕元に紙が置いてある。朝、起きて見たらそれに何やらいっぱい書い
てある。いつ書いたのかと聞いたら、夜中に起きて書いたと言うんだ。ウソだろうと言っ
たら、時々見た夢も書いてあると言っていた。見たら下手くそな絵が描いてある。・・』

◆「99パーセント失敗しても、1パーセント成功すればいいんだ」

『本田さんは、社員がやりたいと思ったことをやらせる風土をつくったのである。
同時に、やりたいことをやらないことは恥であるような社風もつくっていった。』

◆「やりもせんのに!」

◆『「一歩先」を行ってはダメだ。「半歩先」だ。
ちょっと足を出すくらいのところにすれば
大衆はついてくる」

★デザインをずっとやってきた方です。
本田さんの、無理難題や、夢を、支え続けたことで、
自己実現や、自己成長をはかれたようです。

カウンセリングの勉強をしてみると、
相手の中に答えがあり、それが出てくるのと信じて、傾聴をすることが大切かと
教えられました。

本田さんの、カミナリや、含蓄のある一言というのは、
ある意味、究極のコーチングだったりするのかなぁ、と思いました。

本日は、この辺で。

 

『ホンダをつくったもう一人の創業者―受け継がれる藤沢武夫の教え』大河 滋 (著)

出版社: マネジメント社 (1998/12)

ASIN: 4837803954

目次

プロローグ 正統な後継者たち
第1章 以心伝心
第2章 人間尊重企業
第3章 心あるマスプロダクト・マスセールス
第4章 藤沢流経営の真髄
第5章 自由闊達な社風と人間教育
第6章 信頼の経営と組織
第7章 藤沢武夫の遺産

◆F1参戦はホンダの伝統的苦難克服法

『・・しかし、逆に、私の年来の着想でもってすれば必ず勝てるという自信が昂然と沸き起こり、
持ち前の闘志がこのままでは許さなくなった。
絶対の自信を持てる生産体制も完備した今、まさに好機至る!名年こそはT・Tレースに
出場せんとの決意をここに固めたのである。』

◆実態は藤沢商会だった

『・・しかし、本田宗一郎をとば口にホンダという企業を突き詰めていけばいくほど、別の人物の
影が日増しに大きくなっていった。ホンダの大番頭であった藤沢武夫さんの姿だ。
技術は確かに天才・本田宗一郎の独断場だ。だが、ホンダを企業として改めて見直してみると、
「藤沢商会」だったのである。』

◆運命の出会い

『 どちらが指示をし、どちらが拝命するという関係ではなく、藤沢さんが本田さんに決裁を
仰ぐこともない。互いに干渉は一切なし。ホンダの発行する手形や小切手は、引退の前日まで
社長である本田宗一郎の名ではなく、代表取締役・藤沢武夫名義で切られた。本田さんは、
会社の実印まで藤沢さんに預けていた。』

『 しかし、天才技術者の本田さんにも弱点があった。経営手腕である。ものづくりはお手のもので、
次々と新しい仕組みを発明し特許を取っていったが、金銭の管理は苦手だった。事業が拡大していく
と、資金繰りに頭を悩ませなければならない日々がさらに続いた。技術開発に没頭したい本田さんに
とってはこれがたまらない。・・・』

『「私は商売人だから、これから一緒にやるけれども、別れる時は損はしないよ。ただし、
その損というのは、金ということではない。何が得られるかわからないけれど、
何か得られるものを持って、お別れするよ。だから、得るものを与えて欲しいとも思うし、
また得るものを自分でもつくりたいと思う。」
藤沢さんが提案すると、本田さんが応じた。

「結構だね。金のことは任せる。交通手段というものは形がどう変わろうと、永久になくならない
ものだ。けれども、何をつくりだすかについては、一切掣肘(せいちゅう)を受けたくない。
俺は技術屋なんだから。これは、箪笥だの呉服を売るのとは違って、人間の生命に関すること
なんだから、その点に一番気をつけなければならないと自分は考える」』

★新年、第一弾は、本田の創業者である藤沢武夫さんです。
個人的に、好きな経営者です。派手さはありませんが、革新的なことにチャレンジしています。

ソニーといい、ホンダといい、
起業の理念や、経営理念が、設立の早い段階から、
大きなビジョンを掲げ、世界を視野に入れていたことに驚かされます。

本日は、この辺で。

 

 

 

ホンダと言えば、僕自身は、「オデッセイ」に乗っていました。

ちょうど、長女が生まれる時期で、

ミニバンにするけど、スライドドアまではちょっと、という時期でした。

 

その後は、

どんどんスライドドアの車に乗りましたが(笑。

 

「オデッセイ」は、ある意味、ホンダらしい車です。

乗用車のボディをそのままに、車高をあげて、三列シートにしたことで、

初代オデッセイは大ヒットしました。

 

僕が買ったのは、3代目で、そこからは残念ながら売れなくなりましたね。

車高が下がったせいではないかと言われていますが、その分、運転性能は良かったと思います。

モノを売るのは、難しいですね。

久米 是志(著)『「ひらめき」の設計図』
小学館 (2006/5/30)

目次
第1章 創造ということ
第2章 嵐の中の航海
第3章 霧の中の航海
第4章 風を探る航海
第5章 創造の構図
対談 久米是志×夢枕獏―創造の舞台裏・異種格闘技的対論

『創造はある欲求に基づいた自分の心と
外なる世界の相互作用の歴史から生起する』

◆試行錯誤と気付き

◆五つの気付き

【1】「何かがある」という認知
【2】「何である」という認知
【3】欲求からの気付き
【4】会得する気付き
【5】ひらめきという気付き

『「創造とはどういうことか」と聞かれたら「やってみて、気付くことです」
と答えたいのです。』

◆ゲッツエルスの創造プロセス
1)最初の洞察
2)浸透
3)醗酵
4)啓示
5)検証

◆創造への連鎖

『欲求─創造─指令─行動─経験─反省』

◆嵐の経過

『「限りなき温度上昇」というタイトルで、この冷却方式が問題であるという
見解を表明させてもらいました。それははっきり言ってトップ方針への批判
であり、一種の反乱ともいえるものであったかも知れません。・・』

★このある種のクーデターについては、
当時副社長の藤沢武夫氏、本田宗一郎さんも、書かれています。

それぞれ立場が違うので、微妙に表現が異なります。
そこら辺も、面白いです。

★本田の3代目の社長であり、エンジン開発のトップを勤めていた方です。
空冷エンジン開発の失敗、シビックの開発、
不可能と思われた、マスキー法対応の低公害エンジンの開発など、
日本の自動車産業の発展に貢献しています。

そんな筆者が、天才ではなく、凡人の集団がいかにして、
ひらめき、創造するか、というテーマを追求しました。

天才のひらめきや、創造性を鍛えるというものとは、
まったく異なるアプローチです。

製品開発の方法論、マネジメントに最適です。

本日は、この辺で。

相澤賢二(ホンダクリオ新神奈川社長)著「サービスの底力!」PHP研究所

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目次
序 「顧客満足度日本一の店」の正体
第一章 ホンダクリオ新神奈川の「非常識な常識」
第二章 日本一の店作り
第三章 すべてのサービスの基本は「人」にある

◆ある日、カルロス・ゴーンがやってきた

◆「顧客満足」は、お客様のためではない!
◎「自分のため」です。お客様のために身を削って、利益度外視のサービスをしても、長くは続かない。
こっちだって利益が出なければやっていけない。それに会社が利益を上げて税金を納めることは国民の義務。

◆心労が絶えず、眠れない日々を過ごす
◎クレームが多くて、悩みに取り付かれた。たどり付いたのが、「徹底してお客様の声を聞いてみること」。
こどもの頃の、周りの顔色を窺うという原点。

◆お客様は神様ではない。お客様は弱者である
◎「(お客様は)神様」と言った瞬間に、お客様の視点をもてなくなってしまう。誰が神様の満足など考えるか?
私は、お客様は基本的に「弱者」だと考えている。契約前の厳しい要求は、「不安の裏返し」ではないか。
クルマというのは、安い買い物ではありません。不安になるのは当然です。
だからこそ、いろいろうるさいことを言ってくるわけです。

◎「神様」のいうことだから我慢するのと、「弱者」だから、こちらが助けてあげないと、と思うのでは、
お客様に伝わる熱意も違ってきます。

◎切羽詰まった気持ちで、一度お客様の顔色を窺ってみるというのも、きっと何かしらの発見があるはず。

◆訪問販売は百害あって一利なし!
◎自分もサボったから、訪問販売のつらさがわかる
◎最終目的は、自動車販売業界のイメージを改善すること
◎訪問を望んでいるお客様はほとんどいない

◆お客様は、商品なんて見ていない
◎売れないのは、本当に商品のせい?
◎商品力は、それはあったほうがいいですが、それに頼りきってしまうと、後で痛い目を見ることになる。

◆「売る店」ではなく、「買っていただく店」
◎当社の営業マンは、あまり積極的にお客様に話し掛けないんです。むしろ、ひたすら話をじっと聞いている。
まずは、お客様が何を知りたがっているのかを把握し、本当に欲しい情報を選んで、お話しするわけです。
→営業マンが一方的に話すと、お客様は売る側にとって、都合がいい話しだと思ってしまう。

◆「30S」が全ての基本
◎テクニックは教えない

◆掃除で売る店?
◎あらゆる自治体から表彰される掃除の仕方?

◆「清潔」なだけのトイレなんて意味がない

◆値引きしないことこそサービスだ
◎理由のない値引きは、お客様を不安にする

『社員には、「値引きとは、お客様への、店と社員の落ち度の先払い」だと言っています。自動車というのは、
他の商品と比べて、買ったあとの付き合いが長いんです。定期点検とか、オイル交換とか、なんだか調子が
悪いからちょっと見てみてよ、って気軽に言えるような関係をお客様と築くことが大切なんですよ。
お客様は、買った後も安心したいんです。
それにはどうしたらいいかというと、これはもう営業マンが、「うちは値段が高いかもしれません。
でも、その分今後のアフターサービスをしっかりやらせてもらいます」と、お約束すること、これが
なにより効果的なんです。
お客様も、ちゃんとお金を払って買った、という意識があると、その他のこともお願いしやすく
なるものです。』

◎営業マンが、自信を持って定価販売ができる会社に

◎お客様が変わりつつある

◆お客様への「説明責任」を果たしているか?
◎知らずに難しい用語を使っていないか?

◆全員接客!
◎事務の社員にも、「お客様から給料をもらっている」と実感させるには?

私が言うことは、何もありません。素晴らしく勉強になる1冊でした。
社員教育の考え方、とりわけ女性社員への接し方は、日本電産の永守社長にかなり通じるところがあると思いました。

時代はますます、サービス重視の世の中へ、変化していきそうです。

本日は、この辺で。

 

 

 

山本治著「ホンダの原点 企業参謀・藤沢武夫の経営戦略」成美文庫

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目次
第1章 ホンダ・イズムの原点
第2章 藤沢武夫の生立ちと思想
第3章 創業経営者の理念と行動
第4章 本田宗一郎の思想と技術
第5章 展開期の後継者づくり
第6章 藤沢武夫の実践的経営学

「これまで本田技研といえば、創業社長・本田宗一郎だけが脚光を浴びてきた。
しかし、本田技研の栄光の歴史の中で、副社長として手腕を発揮してきた
藤沢武夫こそが、実質的経営者であったことは、わが国産業界では常識とされている。」

◆ハッピーエンドが好き

「彼は、本田技研に入ってからも、何か経営上の問題が起きると、ほとんど出社せず、

一人部屋に引きこもって終日、小説や歴史物、軍記物や哲学書などを読みふけっていた。

昭和30年、六本木に住居を構えてからは、自宅の茶室で余人を避けて、もっぱら読書にひたった。

そして、あるときは孤独な心を癒し、また、あるときは決断のヒントを求めたのである」

◆”転換期”に真価を発揮する

「オジ上(藤沢)は、何かと気を使って、私たちを引き立ててくれていますが、

しかし、本当のことをいいますと、私たちはオジ上の指示通り動いていただけなんです。

そりゃもう、オジ上はタコ揚げの名人ですよ。こっちは、いい調子で風を受けて揚がっていましたが、

いつの場合でも、オジ上は決して、遠くまでは揚げない。

常に適当な距離を保って、糸を操っていました。私たちが、あまり遠くまで揚がっちゃうと、

コントロールできなくなるからですね。それでいて、成果を自分のものにせず、

みんな部下に譲ってくれたんです。どうして、どうして、たいへんなタコ揚げの名人ですよ」

◆つねに誇り高くあれ(藤沢の父の教え)

「メシは腹いっぱい食え。決して、量を決めてはいかん」

『人間、早くから自分で自分の枠を決めるな』

「男は、どんな逆境にあっても、決して自らの心を卑しくしてはならない」

 

◆”真実を語る”素晴らしさ

「途中、藤沢は、腹の底から込み上げて来る感動を、どうすることもできなかった。

彼は、このとき『真実を語る』ことのすばらしさを、身をもって知ったからだ。

時として、真実を語るということは、苦しいものである。

まして、自分の側に落度があった場合には、なおさらである。

しかし、藤沢はいま『どんなに苦しかろうと、決して食言はいけない。いかなる場合でも、

真実を語りさえすれば、必ず相手に通じる』ことを、体認したのであった。」

◆父から伝授された商売の極意

日頃、藤沢は、父秀四郎から

「商売のうえで、相手と交渉するときは、決して上手に組んではいかん。

つねに、下手に組め。そうすれば、精神的に余裕が出て、相手の気持ちを理解できるし、

交渉の持って行き方を、正確に判断できる」と、教えられてていた。

◆藤沢の戦略的意思決定(P-159)

◎藤沢は、こんな内容の手紙を全国五万五千件の自転車販売店に出して、業者の関心を誘発したのである。
手ごたえは十分。彼の予想を上回って、約三万通からの回章が全国各地からワッと返ってきた。

◎図にあたった”手紙作戦”

◆藤沢の一世一代の賭け

「社長、カネはいくらでもある。カネの心配をせず、欲しい機械をどんどん入れてくれ。

工場も、新しく造ろう。そのかわり、買った機械や工場は、すぐに動かして欲しい」

と景気よく、本田に勧めた。

◆増産から一転して減産へ

「いまホンダは、創業以来の危機に直面している。昨年暮れから販売不振で経理内容が悪化し、

手形決済に追われている。その結果、みなさんに対しては、いままでのように、

お金を払うことができない。かといって、ここで手形を上乗せして切れば、もっと危険な状態に陥り、

再起不能になってしまう。それだけは、何としてでも避けなければならない。

そこでひとつ、みなさんに次のようなお願いをしたい。・・・・・」

◎藤沢は、危機を脱した翌30年、正確には一月一日付の社報で、三菱銀行の大英断を報告し、
全社員に対して、この厳粛なる事実を忘却しないよう、次のように訴えたのである。

「この手術に絶大な後援をしてくれた三菱銀行は、本田技研が存続する限り、永久に忘れてはならない。

とくに一身を投げ打って、自分の信じるところを重役に積極的に説明し、周囲の困難があったにもかかわらず、

終始一貫、所信を通し努力して下さった鈴木支店長の名を、みなさんは忘れないで欲しい」

◆倒産まで考えた藤沢

★大野耐一氏の本を読んでから、日本の偉大な経営者に興味を持ちました。
名前は知っていて、その功績は何となく知っている、そんな知ってるつもりを
再度学ぶ。

大変面白く、紹介できない多くの学びを得ることができました。

早い機会に本田宗一郎氏の本を読みたいと思います。

本日は、この辺で。

藤沢武夫といえば、日本のCFOの第一人者ですね。

創業社長で、エンジニアである本田宗一郎にお金の心配をさせずに、

思いっきり仕事をさせた。

 

そして、本田宗一郎に、引退をすすめたのも、藤沢武夫です。

本田宗一郎は、それに素直に従ったといわれています。

藤沢武夫氏の本をもう一冊!