コロナの時代に降りていく人生を選択する勇気

M&A

先日ですねあの飛行機に乗るときに僕の前に立派な人がいました。

なんかこうすごく肩を風で切って歩いていて、

自信満々が背中からにじみでているんですね。

 

立派なジュラルミンの、いかにも高そうなキャリーケースを引っ張っている。

ゴツンゴツンと、

ボーディングブリッジのところどころの段差で、

そのジュラルミンの頑丈さを自慢するかのようにぶつけながら歩く。

 

以前の僕は、そういう人(いかにも成功者)見ると、

憧れと、気後れするのがごちゃ混ぜになるような感情を持っていました。

ところが、なぜかその時は、

(その人の後姿しか見てないんだけど)

 

なんかこう、この人の人生も大変なんだろうなぁ?なんて勝手に思いながら、

その人の後ろから飛行機に乗り込みました。

 

今回のテーマは、「降りていく人生」

1、創業者は、重荷を背負いながら、上りの人生を歩んだ。後継者もそれで良いのか?

2、コロナの時代に降りていく人生を選択する勇気

3、降りる方法は人や会社によってそれぞれ違う。

 

1、創業者は、重荷を背負いながら、上りの人生を歩んだ。後継者もそれで良いのか?

 

先日ですねあの飛行機に乗るときに僕の前に立派な人がいました。

なんかこうすごく肩を風で切って歩いていて、

自信満々が背中からにじみでているんですね。

 

立派なジュラルミンの、いかにも高そうなキャリーケースを引っ張っている。

ゴツンゴツンと、

ボーディングブリッジのところどころの段差で、

そのジュラルミンの頑丈さを自慢するかのようにぶつけながら歩く。

 

以前の僕は、そういう人(いかにも成功者)見ると、

憧れと、気後れするのがごちゃ混ぜになるような感情を持っていました。

ところが、なぜかその時は、

(その人の後姿しか見てないんだけど)

 

なんかこう、この人の人生も大変なんだろうなぁ?なんて勝手に思いながら、

その人の後ろから飛行機に乗り込みました。

 

ホントのところは、その人が大変かどうか全然わからないんです。

僕の勝手な思い込みです。

 

で、なぜ僕がそんな風に思ったかって言うと、

そういう生き方をしてきて、

今もしていて、

これからしていくののが、大変な時代だなという風に思ったからなんです。

 

ますます、意味が分かりませんよね。

僕の父がそういう、THE昭和という生き方だったんです。

会社を創業して、しかもコンピュータのソフト開発の会社です。

時代の30年くらい先を言ってたわけです。

 

「間違いなく、最先端で、難しいことをやっていました!」

 

会社を大きくするために、寝る間も惜しんで働いていました。

新しいお客さんを作り、社員を増やして、銀行からお金を借りる。

その借入の返済のプレッシャーさえ、

自分がもっと働くモチベーションというガソリンにして、

さらに売上を増やすという、好循環のスパイラルを登っていきました。

 

徳川家康が言ってた言葉で、

「人生は重荷を背負っていくようなのものだ」というのがあります。

彼は、まさにそれを地で行ったわけです。

 

自分が先頭の蒸気機関車、

困難や、トラブルというどんなに急な坂道があっても、

客車や、重い重い貨車を引きずりながら、

もくもくと煙をあげて、走っていく。

 

そんな人生を、私の父は駆け抜けたわけです。

ある意味、価値ある幸せな人生だったと思います。

彼は、リタイアした後も、

常に、自分が会社という組織のお役に立っているかを気にしていましたが。

 

そして、

父は、後継者である僕にも、同じような人生を歩むことを望んでいました。

父が僕に望むことは、僕の年齢や成長ステージで変わったり、

僕が親の期待に応えられない失望と共に、

スケールダウンしていきました。

 

例えば、僕が小学生の頃は、

父は自分は学歴で苦労したので、お前には、東大に行ってほしいと言ってました。

これは、そうそうに諦めてくれました。

 

つぎは、

税理士の資格を取ったらどうだ、という話でした。

当時は、大学院を行くと、税理士試験の科目免除という制度があったそうです。

(父親の会社は、会計ソフトを開発していたので、税理士の資格があれば、後継者として有利と思った)

そとのきは、僕がMBA(経営学修士)を米国で取りたいと思っていたので断りました。

結局のところ、どちらの目標も達成しなかった。

 

ただね、

僕自身、そして多くの後継者と考えたいのが、

本当に、親世代の生き方をなぞることが、幸せなのか?

ということなんですよ。

 

僕自身は、こんな風に父親の期待に応えられなかった、ダメ息子でした。

さらに、父親は、僕が2代目として、会社を上場させたり、

会社をどんどん大きくするために、

僕が24時間バリバリ働くことを望んでました。

 

しかし、事業後継者としてのそういう期待にも、

僕は応えられなかったんじゃないかと思います。

ただし、僕にとっては、僕自身が選んだ生き方なんで、1ミリも後悔していません。

 

2、このコロナで、従来の延長が通用しなくなっている。

2代目は大変だと思います。

ちょっとやそっとの成果や努力では、誰からも評価されません。

しかも中には、先代の借金や、目には見えにくい負債まで背負っている後継者もいます。

 

だから、

2代目の心のうちは、

外には見せなくとも、不安でいっぱいだと思います。

 

そして、

まじめな2代目は、親の価値観(もっと付加価値をつける)を引き継いで、

あくまで立派な会社・お店にしようと、今日も勉強して、

新しいことに取り組み、効率的なやり方を開発していることでしょう。

 

でもね、

コロナが起きてですね、今までもこの考え方会社のやり方っていうのがねえなかなか通用しなくなってきてませんか?という話ですよ。

だったら、もはやできもしない責任を背負うのは辞めて、

いったん、降りちゃったり、撤退したりするのも一つの選択肢ではないでしょうか。

 

もちろん、

まだまだやりようはある、

努力の量がたりないだけで、という人の場合は、頑張ってください!

 

ただ、

既にもう相当程度、頑張った。

もう、頑張るガソリンが切れそうという人は、

万策尽きる前に、

やるかやらないかの決定は、いったん脇に置いておいて、

撤退の戦術を、研究してください。

 

もしかしたら、

今いる業界では、従来の延長線上にある、

他社より、より安く、より速く、より効率的に、

という問題解決では通用しない状況になっているかもしれませんから。

 

例えば、

僕の父親の世代の後ですが、漫画鉄腕アトムが生まれました。

このアトムの動力源が原子力だったのは有名な話です。

当時、原子力が夢の新技術だったからです。

 

時代は移り変わり、

僕らの時代には、宮崎駿監督の「風の谷のナウシカ」があり、

3.11の後、福島第二原子力発電所をどう廃炉にするのかが、

今では、最新の科学技術のテーマのひとつです。

考えたら、高度成長期のエネルギー不足の問題に、

その答えである問題解決が、原子力発電所ということだったのが、

今では、問題解決が異なるという単純な話ではなくて、

エネルギー不足って、そもそも本当なのか?

というところまで、話が行ってしまいます。

 

3、降りる方法は人や会社によってそれぞれ違う。

 

それで、

よし、降りようと思ったときに、

どう降りるかは、会社や人それぞれです。

 

  • 会社をM&Aで売却する
  • 自分が後継者にならない、あるいは、社長を他の人に交代する
  • 廃業する

事業継承者の僕がおすすめするM&A仲介4社【着手金の無料あり】

最近では、

事業後継とか廃業についても、補助金があります。

あるいはM&Aの仲介会社への手数料についても補助金がでるケースがあります。

 

また、

自分では、廃業と思っていても、

企業再生コンサルなどに相談すると、

スポンサーがついて、営業譲渡になるケースがあるそうです。

 

もっと、マイルドなところでは、

売上をおわず、利益を重視した経営とか、

10年で実質無借金経営を目指して、新規投資を行わないとか、

いろいろなやり方があります。

 

僕自身、

2代目として、

「撤退経営」を経験してきました。

 

もし、ご興味あれば、無料相談しますので、

Twitterまでメッセージください。

正直って、

このコロナの時代がチャンスだと思います。

 

ある意味、全て、コロナを理由にして、

関係者には話を通しやすい環境です。

ピンチをチャンスにするかどうは、あなた次第です。

 

まとめ

降りていく人生を選択するのも、

コロナ時代には、一つの勇気だ。

 

創業者は、重荷を背負いながら、機関車として会社を引っ張った。

高度成長期にのっかり、上りの人生を歩んだ。

多くの後継者は、その価値ある人間として、会社を成長させるという

価値観を引きついているが、果たして、それで良いのか?

 

本当は、今までも、そうだったが、

このコロナお蔭で、従来の延長が通用しないことが、

誰の目にも明らかになった。

 

全てコロナ時代を言い訳にして、

降りていく人生・会社を選択できるのは、後継者しかいない。

降りる方法は人や会社によってそれぞれ違う。

 

ピンチをチャンスに変えるか、どうかは、あなた次第です。